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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4547号 判決 1962年8月29日

判   決

東京都墨田区向島中ノ郷町百二十三番地

原告

岡部鉄工株式会社

右代表者代表取締役

岡部享

右訴訟代理人弁護士

関口正吉

同中央区日本橋大伝馬町一丁目一番地

被告

三光機材株式会社

右代表者代表取締役

小浜純孝

同足立区千住末広町十八番地

被告

末広鋲螺工業株式会社

右代表者代表取締役

大割豊太郎

右両名訴訟代理人弁護士

是恒達見

右当事者間の昭和三六年(ワ)第四、五四七号実用新案権侵害排除謝罪公告請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告訴訟代理人は、「一被告三光機材株式会社は、別紙物件目録記載のコンクリート型枠締付金具(商品名「三光タイバー)を業として製造し、譲渡し、貸し渡し譲渡または貸渡のために展示してはならない。二 被告末広鋲螺工業株式会社は、右物件を、業として、製造してはならない。三 被告三光機材株式会社は別紙第一目録記載の謝罪広告を、被告末広鋲螺工業株式会社は別紙第二目録記載の謝罪広告を、いずれも第三目録記載の新聞に、それぞれ一回掲載せよ。四 訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求めた。

二  被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

(原告の実用新案権)

一  原告は、岡部蜜之助の昭和二十七年四月二十二日出願にかかり、昭和二十八年五月二十六日の公告をへて、同年九月一日登録された実用新案登録第四〇五、四三六号名称「コンクリート仮枠締付金具(以下「本件実用新案」という。)の権利を、昭和三十五年六月三日、同人から譲り受け、現に、その権利者である。

(登録請求の範囲)

二 本件実用新案の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は、「図面に示すように仮枠保持杆1の先端中心に縦孔2を設けその口部に雌ねじ3を形成し更に鍔5を設くると共に他端に雄ねじ6を形成して之にナット7を螺合し前記雌ねじ3には、両端に雄ねじ9、9を形成した緊締杆8を螺合するようにしたコンクリート仮枠締付金具の構造」となつている。

(本件実用新案の要部等)

三 本件実用新案の要部およびその目的とする作用効果は、次のとおりである。

(一)  本件実用新案権の要部は、次の諸要件およびこれらを結合したことにある。すなわち、その要部は、

(1) 仮枠保持杆の先端中心に縦孔を設けたこと。

(2) 縦孔の口部に雌ねじを形成したこと。

(3) その雌ねじには緊締杆の両端の雄ねじを螺合するようにしたこと。

(4) 仮枠保持杆の先端部に鍔を設けたこと。

(5) 仮枠保持杆の他端に雄ねじを形成してナットを螺合したこと。

(6)以上の各要件を結合したこと。にある。

(二)  しかして、本件実用新案は、前記鍔をコンクリート仮枠の堰板の内側にあてて、これを使用するものであり、そのように使用することによつて、

(1) 堰板、縦ばたおよび横ばたを強固に緊締し、コンクリート仮枠を一体に締め付けること。

(2) 両側堰板の間隔を正確に保持すること。

(3) 鍔によつてコンクリートの流出を防ぐこと。

の作用効果をあげることを、その目的とするものである。

なお、本件実用新案の明細書の実用新案の性質、作用及び効果の要領の欄に、鍔を堰板の外側からあてて使用するように記載されているのは、同明細書の考案の名称が「コンクリート仮枠締付金具」と記載されていること、および、前記本件実用新案の要部に示された構造自体からみて、明白な誤記である。また、このことは、公報の図面によつても、鍔は堰板の内側からあてるように、内側の部分の基部に曲面(アール)がとつてあることからも明らかである。

かりに、鍔を内側にあてて使用するものでないとしても、鍔の使用方法は、本件実用新案の要部ではないから、抵触するかどうかの判断には関係がない。

(被告らの製品)

四 被告らの製造または販売する製品は、別紙物件目録記載のとおりである。

(被告らの製品の特徴)

五 被告らの製品の特徴は、次のとおりである。すなわち、

(一)  被告らの製品は、

(1) 本体ボルト1の内端部の中心に雌ねじ6を設けたこと。

(2) 雌ねじ6にはセパレーター4の両端ねじ部5を螺合できるようにしたこと。

(3) 本体ボルト1の内端部の外側に短小の雄ねじ2を刻設してこれに本体ボルト1と別に作つた鍔板阻止用のリングゲージ3を着脱自在に螺嵌したこと。

(4) 本体ボルト1の外端部の外側に雄ねじ7を設けてこれにナット8を螺合したこと。

を、その特徴とする。

(二)  しかして、被告らの製品は、本体ボルト1の雄ねじ2にリングゲージ3を螺合して所定の位置(普通は雄ねじ2の終端部)に固定し、右リングゲージが堰板の内側にあたるように使用することにより、本件実用新案によるものと全く同じ作用効果をあげうるものである。

(本件実用新案と被告らの製品との対比)

六 本件実用新案(以下甲という。)と被告らの製品(以下乙という。)とを対比すると、次のとおりである。

(一)  共通点

乙の本体ボルトは甲の仮枠保持杆に、乙のセパレーターは甲の緊締杆に、それぞれ該当するところ、両者は、

(1) 本体ボルト(仮枠保持杆)の内端部中心に雌ねじを設けたこと。

(2) 右雌ねじにはセパレーター(緊締杆)の両端雄ねじ部を螺合できるようにしたこと。

(3) 本体ボルト(仮枠保持杆)の外端部に雄ねじを設けてこれにナットを螺合したこと。

(4) 本体ボルト(仮枠保持杆)の内端部に鍔を設けたこと。(被告らの製品は、使用する状態では、リングゲージは雄ねじに螺着されているのであるから、この状態で比較すべきである。)

において、同一であり、また、乙は、甲の有する前記作用効果のすべてを有しており、この点においても、両者は同一である。

(二)  相違点

甲は、鍔が仮枠保持杆と一体に形成されているが、乙は、本体ボルトに雄ねじを刻設し、これにリングゲージを着脱自在に螺嵌する構造になつているが、乙においても、また、使用時には、リングゲージを本体ボルトに螺着固定するものであり、甲の鍔とまつたく同じ作用効果を有するのであるから、この点については、乙は甲の設計的変更にすぎず、両者は、同一の考案に基く類似の構造である。

(三)  結論

以上のとおり、乙は、甲の要部を構成する要件のすべてをそなえており、甲と同一の作用効果を有するものであるから、甲の技術的範囲に属する。

(差止請求)

七 被告三光機材株式会社は、乙を製造し、これに「三光タイバー」という商品名を附して販売しており、被告末広鋲螺工業株式会社は、被告三光機材株式会社の注文により乙を製造しているところ、乙は前記のとおり甲の技術的範囲に属し、したがつて、被告らの右各行為は、原告の有する甲の権利の侵害となるものであるから、請求の趣旨第一、二項のとおり、右各行為の差止を求める。

(謝罪広告請求)

八(一) 被告らは、前記乙の製造または販売が、原告の甲の権利を侵害することを知つていたか、または、過失によつてこれを知らずに、右製造または販売をしていたものである。

(二) しかして、被告三光機材株式会社は、原告がその製品を一個金四十九円で販売しているのに対し、本体ボルト、リングゲージおよびナット合計金三十五円という著しい安値で乙を販売することによつて、原告が不当に高価に販売しているという印象を需要者に与え、また、原告から製品を納入ずみの取引先に対し、原告の製品を引き取る旨を申し出るなど悪らつな売込方法によつて乙を販売し、さらに、乙が甲に抵触しないという特許庁の証明書を得ている等と宣伝することにより、原告をしてその取引先を失わせ、製品値引きのやむなきに至らしめ、もつて、原告の業務上の名誉、信用を傷つけたものであり、被告末広鋲螺工業株式会社は、乙を製作することにより、被告三光機材株式会社の右行為を助長したものである。

よつて、原告の業務上の名誉、信用を回復するため、実用新案法第三十条、特許法第百六条により、また、予備的に民法第七百二十三条により、請求の趣旨第三項の謝罪広告を求める。

(被告らの主張に対する原告の主張)

九 なお、

(一)  原告は現在、甲の実施品である製品を製造販売しているものであるが、かりに、甲について何らの実施もしていないとしても、被告らによる侵害の事実がある以上、本訴請求の利益はある。

(二)  答弁第三項の(一)において被告らの主張する各公報が存在することは認めるが、右はいずれも公知例となるものではない。かりに、甲の要部を構成する要件の一部に公知のものがあつたとしても、甲は、前記(1)から(5)の要件の結合をその要部としているのであり、乙は、右各要件をすべてそなえているのであるから、甲の技術的範囲に属する。

(三)  縦孔に透孔を穿つたことは、登録請求の範囲にも記載されておらず、甲の要部に含まれるものではない。したがつて、透孔による作用効果(答弁第三項の(二)の(4)および(5))は、甲の目的とする作用効果ではない。

(四)  リングゲージを着脱自在にしたことによるものとして、被告の主張する作用効果(答弁第五項の(二)の(4)から(8))は、実際のコンクリート工事においてはあまり実効のないことであるから、この作用効果を有することをもつて、乙のリングゲージが甲の鍔に設計的変更を加えたにすぎないものであるとすることはできない。

被告ら訴訟代理人は、本案前の抗弁として、原告は、現在甲の実施をしていないのであるから、本訴請求は、訴の利益を欠き許されないものである。と述べ、本案における答弁として、次のとおり述べた。

一 請求原因第一、第二項の事実は認める。

二 同第三項の事実について。

(一)  同項の(一)については、甲が同項(一)の(1)から(5)の各要件をそなえていることは認めるが、その余は争う。(2)および(3)は特許昭和四年公告第三、五四二号公報により、(4)は実用新案大正十一年公告第六一七号公報により、(5)は右特許公報および実用新案公報により、それぞれ公知であり、(5)は三十年前より米国で用いられていることによつても公知である。

なお、甲は、そのほかに、要部として(6)縦孔2に透孔4を穿つたこと。

という要件を有するものである。

(二)  同項の(二)の点については、甲は、その明細書に記載されているとおり、鍔を堰板の外側にあてて使用するものであり、したがつて、それは、同項の(二)の(1)(2)の作用効果を有するものではなく、(3)の作用効果を有するのみである。なお、甲は、透孔4によつて、(4)雄ねじ3に土砂等がつまつたとき容易に取り出せること。(5)緊締杆8を雌ね3じに螺合するとき、あるいは、施行後これを取り除くとき、工具を透孔4に挿入して簡単に廻転しうること。

の作用効果をも有している。

三 同第四項の事実は認める。

四 同第五項の事実について。

(一)  同項の(一)の事実は認める。なお、乙は、雌ねじ6と雄ねじ2およびリングゲージ3のピッチを同一にし、本体ボルト1の内端部雄ねじ口部はねじ底と同径寸法に切削してあり、リングゲージの着脱を自在ならしめている。

(二)  同項の(二)の事実については、乙は原告主張の作用効果をあげうることは認めるが、その余は争う。そのほか、乙には、

(4) リングゲージの移動により堰板間隔の調整ができること。

(5) 堰板の外から差し込むことができること。

(6) 施工条件によりリングゲージなしで使えること。

(7) 鍔がないので保管に場所を取らないこと。

(7) 堰板を取らないで回収できること。

の作用効果がある。

五 同第六項の事実について。

(一)  同項の(一)のうち、冒頭の事実および同(1)から(3)の事実は認めるが、その余は否認する。乙におけるリングゲージは着脱自在であり、鍔を設けたことにならないし、(使用する状態で比較することになれば、特許昭和二十七年公告第一、八二二号公報の物件も甲も乙も、みな同一の作用効果を有することになる。)乙には甲の縦孔2にあたるものがない。また、作用効果についてみれば、甲は、請求原因三の(二)の(3)の流出防止の作用効果を有するにすぎないが、乙は、同三の(二)の(1)の緊締および同2の間隔保持ならびに前項(二)の(4)から(8)という甲の有していない作用効果を有しており、一方乙には透孔がないので甲の有する答弁第二項の(二)の(4)および(5)の作用効果を有しない。さらに、甲は仮枠を取り外したとき緊締杆が突出しているが、乙のセパレーターは突出していない。

(二)  同項の(二)のうち、甲と乙とが原告主張どおりの相違点を有することは認めるがその余は争う。乙は、リングゲージを着脱自在にした構造等により、甲の有していない答弁第四項の(二)の(4)から(8)記載の作用効果を有しているので、甲の単なる設計変更とみるべきものではない。

(三)  同項の(三)の主張は争う。前記のとおり、請求の原因第三項の(一)の(2)から(5)は公知であるから、それ以外の点、すなわち、(1)(縦孔)および(6)(透孔)に重点をおいて比較すべきところ、乙は、そのいずれをも備えず、かつ、作用効果も異るのみならず、乙は右(5)(鍔)の要件も欠いており、甲の技術的範囲に属さない。

六 同第七項の事実のうち、被告らの製造または販売の事実は認めるが、その余は争う。

七 同第八項の事実のうち、原告および被告らの販売価格が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

(訴の利益について)

一  被告らは、まず、原告は本件実用新案の実施をしていないから、本訴請求は訴の利益を欠く旨主張するが、実用新案権者は、その考案の実施をしていない場合においても、その権利の侵害を放置し、これによる損害の発生、名誉、信用の傷損を坐視甘受しなければならないいわれはないのであるから、原告は、本訴請求について判決を求める現実の利益を有するものというべく、被告の右主張は、まつたく理由がない。

(争いのない事実)

二 本件実用新案(甲)が、原告主張のとおりの経過で、登録され、その権利が原告に譲渡され、現に原告がその権利者であること、その願書に添附された明細書の登録請求の範囲の記載が「図面に示すように仮枠保持杆1の先端中心に縦孔2を設け其の口部に雌ねじ3を形成し更に鍔5を設くると共に他端に雄ねじ6を形成して之にナット7を螺合し前記雌ねじ3には、両端に雄ねじ99を形成した緊締杆8を螺合するようにしたコンクリート仮枠締付金具の構造」となつていること、被告らの製品(乙)が別紙物件目録記載のとおりのものであること、被告三光機材株式会社が乙を製造販売し、同被告の注文によつて被告末広鋲螺工業株式会社が乙を製造していること、および、原告がその製品を一個金四十九円で、被告三光機材株式会社が本体ボルト・リングゲージおよびナット合計金三十五円で販売していること、は本件当事者間に争いがない。

(本件実用新案権の要部)

三 当事者間に争いのない前記登録請求の範囲の記載に、いずれもその成立に争いのない甲第一号証、同第二号証、乙第一号証、同第二号証、同第三号証および同第四号証ならびに鑑定人久門知の鑑定の結果をあわせ考えれば、甲の要部は、

(一)  仮枠保持杆の先端中心に縦孔を設け、両端に雄ねじを形成した緊締杆を、前記縦孔の口部に形成した雌ねじに螺合するようにしたこと。

(二)  仮枠保持杆の先端に堰板の外側から圧接する鍔を設けたこと。

(三)  仮枠保持杆の他端に雄ねじを形成してこれにナットを螺合したこと。

およびこれら要件の結合にあるものと認めうべく、これに反する甲第三号証、同第十六号証および同第二十二号証の各見解は、前掲各証拠と比照して、当裁判所のにわかに採用しがたいところであり、他に右認定を左右するに足る資料はない。

すなわち、前掲各証拠によれば、コンクリート型枠の緊結金具は、一定間隔に並列された堰板とその外側に添わせる縦ばたおよび横ばたからなる型枠部材を保持するものであるが、仕上りのコンクリートの厚さを所要の寸法とするため、堰板が内方に寄らないように保持するとともに、外方にふくらまないように保持する必要があるため、甲の出願以前から、緊結金具としては、

(イ)  堰板が内方に寄らないように保持する鋼材またはブロックで作られたセパレーターを堰板間に置き、堰板がふくらむことのないように保持する鉄線、ボルトなどで作られたセパレーターと別に使用される、すなわち、セパレーターの作用をもたない締付金具(以下(イ)形式という。)

(ロ)  前記セパレーターと締付金具が一体または結合されているセパレーター兼用締付金具

の二種類があつたことが認定され、この認定に反する証拠はないところ、前掲甲第一号証(甲の公報)の実用新案の性質、作用および効果の要領欄中には、

「以上のように構成した本考案の締付金具はその使用に当り第4図及び第5図に示すように両側の堰板Aに設けた孔Bに仮枠保持杆1を夫々挿嵌して鍔5を堰板Aの外側に圧接しその先端の穿孔2に設けた雌ねじ3に緊締杆8の両端雄ねじ部9を夫々螺合し更に前記鍔5の外側に柱C・C及び横桟D・Dを井状に順次組立てその外側に座金10を当ててナット7によつて緊締するものである。斯くして堰板A間にコンクリートを充填して凝固した後ナット7を外し順次横桟D・D柱C・Cを取り除き次いで仮枠保持杆1を取り外して最後に堰板Aを取り除いて施工を終るのである。

以上のように本考案の締付金具は従来のこの種のものに比較して構造簡単にして操作も容易であり然かも仮枠保持杆1の装着に当つて鍔5によつて堰板Aの孔Bを完全に包被するためにコンクリート施工に際して孔より流出するのを防止する役をなす。」

と記載されているのみで、鍔を内方にあてること、および、それによる間隔保持の点については、何ら記載されていない。したがつて、これによれば、甲の考案は、前説示のとおり、その鍔を堰板の外側からあてることによる、コンクリートの流出防止等をその主たる目的としているものと判断せざるをえない。このことは、前記乙第一号証および鑑定の結果によつて認めうべき「甲の出願以前に、コンクリート型枠締付金具において、締付杆に堰板の間隔を保持するための堰板の内側に圧接する鍔を設け、締付杆の中央部を硬化したコンクリート中に残して両端部を取り外すようにしたもの、および、型枠緊締金具において、締付ボルトの両端部分とコンクリート中に埋設する部分をねじで結合し、コンクリートの硬化後に締付ボルトの両端部を取り外すようにしたものが、いずれも公知であつたこと」、したがつて、甲に対する登録が、右公知のものを単に組み合わせたにすぎないとも考えうべき、鍔を堰板の内側にあてたものに対して与えられたものとみるのはむしろ不自然であると認められることによつても裏付けられるものというべきである。この点に関し、原告は、甲第一号証(早の公報)中前掲記の部分は、誤解によつて記載されたものであり、同号証中の考案の名称として「コンクリート仮枠締付金具」と記載されその他にも「緊締するもの」等の字句を使用していることをみても、締付金具の性質上、当然、堰板の間隔保持および堰板とばた材との締付をするものでなければならないのであるから、鍔は当然堰板の内側にあてて使用するものであり、このことは、公報の図面中にも鍔を内側にあてるように、その基部に曲面(アール)をとつてあることからも明らかである旨主張するが、コンクリート仮枠について、従来、前認定のとおり二種類があることを考えれば、「仮枠締付金具」ないしは「緊締」の表現があることから、ただちに、いうような構造または作用効果を有するものとすることは速断であり、また、右曲面の点も、鍔を外側に使用する場合において、とくに障害となるものとも考えられず、かえつて、仮枠に設けられた孔と仮枠保持杆の直径について、社会通念上容易に推認できる径の誤差を考えれば、外側からあててコンクリートの流出防止を効果的ならしめるための構造として右曲面(アール)が設けられているとも考えられないのではないのであるから、結局、原告が右に主張するような点があつても、これをもつて、前記甲第一号証の記載の大部分を占める前掲記載部分の詳細な説明を誤記としてしりぞけ去ることはできない。

さらに、原告は、甲の実施品としての原告の製品等は、いずれも鍔を堰板の内側にあてて使用されている旨主張し、種々証拠を提出しているけれども、かりに、実際の工事において、そのように使用されているとしても、甲が、鍔を外側にあてるものに関する考案として出願され、審査の結果そのような考案として権利が附与された以上、実際の使用法の如何は甲の技術的範囲の判断に何らの関係ももちえないし、また、この事実を前記誤記の主張の裏付として考えてみても、成立に争いのない乙第七号証の一、二および証人深田孝二郎の証言によつても認められるとおり、原告自身の製品においてすら、鍔を外側にあてて使用するものが存在するのであるから、これまた考慮に値しないものといわなければならない。

なお、被告ら主張の透孔の点については、なるほど、甲第一号証中には、それによる作用効果は一応記載されているが、それが特段の考慮に値するかどうかも甚だ疑問であるばかりでなく、前記登録請求の範囲中には何らこれに関する記載がないのであるから、透孔のあること、および、これによる作用効果は、甲の考案の要部を構成するものとは、到底認めることはできない。

(被告らの製品の特徴)

四 乙は、本件当事者間に争いのない別紙目録の図面および説明書からみて、

(一)  本体ボルトの内端部中心に雌ねじを設け、両端に雄ねじを形成したセパレーターを、前記雌ねじに係合するようにしたこと。

(二)  本体ボルトの内端部外端に短小の雄ねじを刻設して、これに堰板阻止用のリングゲージを着脱自在に螺嵌したこと。

(三)  本体ボルトの外端部に雄ねじを設けてこれにナットを螺合したこと。

の特徴を有し、((一)(三)については、当事者間に争いがない。)それによつて、少くとも、

(四)  堰板および縦ばた横ばたの緊締

(五)  堰板間の間隔保持

(六)  コンクリートの流出防止

の作用効果を有するものと判断される。

なお、リングゲージを着脱自在にしたことによる作用効果として被告らの主張する堰板の間隔調整の可能、外側からの挿入可能、リングゲージなしの使用可能、保管の容易および回収の便利の点も、その構造自体から(実際の工事において、どの程度の効果を有するかは別として)当然認めうるところである。

(本件実用新案と被告らの製品の対比)

五 甲と乙を対比するに、乙の本体ボルトは甲の仮枠保持杆に、乙のセパレーターは甲の緊締杆に、それぞれ一応該当するとみるべきことは、前説示の両者の要部、特徴からみて明らかであるところ、前項掲記の各証拠によれば、乙は、次の点で甲の要部を構成する要件をそなえている。と認められる。すなわち、

(一)  仮枠保持杆(本体ボルト)の先端中心に縦孔を設け、両端に雄ねじを形成した緊締杆(セパレーター)を、前記縦孔の口部に形成した雌ねじに螺合するようにしたこと。

乙においては、本体ボルトの先端中心に設けられた雌ねじは、甲におけるように縦孔の口部に限定されていないけれども、両者とも、その雌ねじは、緊締杆ないしセパレーターの両端に形成された雄ねじと螺合するという作用を有するにすぎないのであるから、この相違は、乙が甲の右要件を具備するものと認めることの妨げとなるほど重要なものではない。

(二)  仮枠保持杆(本体ボルト)の他端に雄ねじを形成して、これにナットを螺合したこと。

次に、甲の要件である仮枠保持杆の先端に堰板の外側から圧接する鍔を設けたこと、の点について考えるに、乙においては、前説示のとおり、本体ボルトの内端部外端に短小の雄ねじを刻設して、これに堰板阻止用のリングゲージを着脱自在に螺嵌しているものであるが、前記甲第一号証によれば、甲において、鍔を設ける点については、これを仮枠保持杆と一体に作るとか、両者を別に作つて螺合その他の方法によつて結合するとかの限定はないものと認められるのであるから、乙におけるように、リングゲージを本体ボルトに螺合するものも、これを使用時の状態でみれば、甲において鍔を設けたものと同一とみるのが相当である。しかしながら、甲の鍔は、前説示のとおり、これを堰板の外側にあてるものであり、したがつて、これによつて、コンクリートの流出防止の効果はあげうるが、堰板間の間隔保持の作用効果はない点を考慮すれば、甲は、前認定の(イ)の種類に属すべき緊結金具とみるのが相当であるところ、一方、乙のリングゲージは、前説示のとおり、本体ボルトに螺合され堰板の内側にあてるものであり、それにより、前認定のように、堰板および縦ばた横ばたの緊締、堰板間の間隔保持およびコンクリートの流出防止の作用効果をあげるものである点を考慮すれば、乙は、前認定の(ロ)の緊結金具とみるべきものである。したがつて、乙はこの点において、甲の要部を構成する要件を欠くものであり、さらに、これにより前記のような作用効果上の相違を有するものであるから、結局、乙は甲の技術的範囲に属しないものといわなければならない。前記甲第三号証、同第十六号証および同第二十二号証中の右と異る見解は、これを採用しがたく、他にも右判断を動かすに足る証拠はない。

(差止請求について)

六 被告らが乙を製造または販売していることは当事者間に争いがないが、乙が甲の技術的範囲に属しない以上、これが属することを前提とする原告の本件差止請求は、その余の点について判断するまでもなく、その理由がないものといわなければならない。

(謝罪広告請求について)

七 乙が甲の技術的範囲に属さないことは前認定のとおりであり、したがつて、乙の製造販売は甲の権利を侵害するものとはいいえないから、かりに、被告が故意または過失によつて、原告主張のとおりの行為をしたとしても、これらの行為のみによつては、原告の名誉、信用が違法に侵害されたといいえないことは明らかであるから、右侵害を前提とする原告の本件謝罪広告の請求も、その余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。

(むすび)

八 よつて、原告の請求は、いずれも、その理由がないものとして、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 竹 田 国 雄

裁判官楠賢二は、転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

物件目録

一、コンクリート型枠の締付用金具

構造は別紙図面に示すように、

コンクリート型枠を緊締する本体ボルト(1)の内端部即ちコンクリート埋込部の外側に短少の雄ねじ(2)を刻設してこれに本体ボルト(1)と別個に作つた堰板阻止用のリングゲージ(3)を着脱自在に螺嵌し、本体ボルト(1)の内端部の中心にセパレーター(4)の両端螺子部(5)を螺合する雌ねじ(6)を設け、外端部に雄ねじ(7)を設けてこれにナット(8)を螺合したものであつて、この締付用金具を用いてコンクリート施工をするには大体ボルト(1)の雄ねじ(2)にリングゲージ(3)を螺合して雄ねじ(2)の終端部に固定し、本体ボルト(1)を内方より堰板(A)の孔に通してリングゲージ(3)を堰板(A)の内側面に当て、堰板(A)の外側に縦桟(縦ばた)(B)横桟(横ばた)(C)を井桁に組立て、座金(9)を横桟(C)の外面に当ててナット(8)を螺着しコンクリート型枠を緊締すると共に左右堰板(A)(A)の間隔を一定に保持するもの。(イ号図面、第一、第二、第三目録省略)

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